TDM - トウキョウダンスマガジン

YOSHIBO・Lockingの神様
あの"Be Bop Crew"や"Imperial JBs"といった実力派チームを率い、日本のロックダンスシーンを築きてきた人物。九州は博多に拠点におくダンス界の大物でので「Lockingの神様」とも称されるYoshiboに、彼のダンス観などを聞いてみた。

ダンスとの出会い
Yoshiboさんといえば、かなりダンス歴も長いと思うんですが、ダンスとのなれそめを教えてください。
今から25年ほど前になりますが、高校2年に上がった頃、先輩に今で言うclubに連れて行ってもらってからです。もともとは先輩が僕に彼女を紹介してくれる(笑)という話しでついて行ったんですが、先輩やたら(ダンスが)上手くてもうこっちは女の子どころじゃない。すっかりハマってしまって、結局先輩に「すみません、俺の家に来てください」と頼み込んで自宅で一日中習ったのがきっかけですね。ちなみにそこは「ザウス」(九州・博多)というclubで、70年代後半の頃は全国的に有名でしたね。ただ当時は今みたいに情報が早くなかったので、東京や横浜、広島などと比べると遅れていたんです。ただし遅れていたといっても、あそこはホンモノだったと思いますよね、僕自体は。
当時はどんなジャンルを踊っていたのですが?
僕がやっていたのは「チャチャ」という、2ステップの向かい合ったり一列に並んだりして踊るヤツです。ヤンキー系のダンスなんですけどね。ヤンチャチャとか呼んでたな(笑)。今でいうと、ステップはHouse的ですね。House自体、ガラージとか、昔の70〜80年代のサウンドに近いものがあるじゃないですか。あのころはアナログ、今はデジタルという違いはあるけど、音楽的にもビート的にも踊りでもあの時代を軸として、この90年代に引き継がれていると思うんですよ。よく昔の踊りを見ていると、今のニュースクール系でもHipHopでもHouseでも、リズムの乗り方やノリを変えて、当時の踊りの形は今でもあるな、と感じますね。
BeBopCrewを作った経緯
Yoshiboさんといえば、SeijiさんやOhjiさん、SamさんやSakumaさんらもメンバーだった「BeBopCrew」が有名ですが、BeBopCrewについて教えてください。
チャチャにハマってた頃、「Something Special」というユニットがL.A.からきたんです。ソウルトレインの選抜チームみたいなもので、その中にロボットやロックをメインに踊る「スクービー・ドゥー」というヤツが来たんです。他にも「マダム・バタフライ」とか「セクシー・ブラウン」、「イージー・エディー」、「ミス・ソウルトレイン」とか。全員個性的でかっこいいダンサーでしたね。でもそういうショーを見る人が日本には少なくて、最後にはキャバレーみたいなところで踊ってたんですよね。僕も元々は「スタイリスティックス」というバンドのライブを見にいったんですが、オープニングアクターとしてSomething Specialが出て「何だコイツら」だったんだけど、それ見たらもう涙出ちゃって、「スタイリスティックスはいいからもっぺんコイツら見たい!」と。で、それ見てプロを目指しました。俺はアイツらみたいになりたい、アイツらに追いつきたい追い越したい、それが元でBeBopCrewを作ったんですよ。
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