TDM - トウキョウダンスマガジン

吉川成美 〜 良く食べ、良く生き、良く踊れ。〜
吉川成美 〜 良く食べ、良く生き、良く踊れ。〜
体が資本であるダンサー。自分に合った栄養や体の内側を意識して食生活を送っている人はどれくらいいるのだろう。今回、農業経済学博士という称号と共にサルサダンサーとして知り合った吉川成美さんにインタビューをさせて頂き、農業とダンスの共通点、食から見つめる身体表現について興味深い意見を聞くことができた。体内から表現するダンサーとは・・・?

吉川成美吉川成美 (農業経済学博士/サルサダンサー)

某アングラ系劇団で歌・ダンス・演技を学ぶ。留学中CUBAN SALSAに出会い、その後ラテンダンスへ。2005年以降、自身の研究のため中国へ移住。北京・西安でSALSAを教える。農業経済学博士。アジア太平洋地域の農村調査とダンス生活に明け暮れ、現在に至る。2007 年北京SALSA CONGRESSでは、万里の長城出演。現在は中国古典舞踊・太極拳を訓練中。

自分を見守る作業として・・・

成美

成美今、時代は素食 (穀物や野菜などを主とした食事) やベジタリアンの人が増えているけれど、私がなぜお肉を食べないかと言うと、代謝をしてどんどん自然と一体化することが目的だから、肉を摂取するのはその邪魔になるし、感覚的にも、日常的にも必要がなくなりました。

ヨガもそういう意味で素食であることを基本としていると思うんだけど、ライフスタイルで一生やる人もいれば、ある時からそうなったり、週に3回やっている人もいる。今の時代だからこそ、それなりにいろんな食生活パターンがあっていいと私は思う。だけど、いざ自分が何をどれくらい食べなきゃいけないかは、相当普段から意識しておかないと難しい。

もちろん、素食が体に良いといっても、たとえば無性にお肉が食べたくなる時だってある。そういうときは体にお肉を与えることを自分で判断すればいいと思う。ただ、素食や食べる分量をコントロールする習慣を身につけておくと、舌や腸が敏感になって、機動力や感性が広がるの。「今、これをやるにあたって自分には何が必要か、何を食べようか」ということを、頭ではなくて感覚として選ぶ、動物的本能が研ぎ澄まされると思うんだよね。

あと、瞬発力を良くするんだったら、代謝を良くしなきゃいけない。そのためには体内の水はけを良くすることが大事で、結構、のどが渇いている状態のほうが、いい動きができるんだよね。だから、飲むなら踊る前よりは踊った後がいいですね。ガブガブ飲んでる状態だと、逆に動けない。普段から水を飲もうと言っているのは、汗をかいて循環を良くするためね。女優さんや格闘家は、本番前には水だろうとアルコールだろうと水分を摂らない。体内の水分をしぼってしぼって出るほうが、瞬発力がいいんだと思う。

植物から学んだ“朝メシ前”パワー。

成美

成美人間も動植物も、太陽が昇るまでの朝の時間に、あるセンサーが動いていて、そういう時期に何を吸収するのかがものすごく大事なんだよね。特に、植物はものすごく次の太陽や月の運行にあわせて準備をするの。良く“朝メシ前”っていう言葉があるけど、朝めし前に少し運動をして、その後に落ち着いて必要なものを食べる、それは本当に植物の動きとすごく似てる。

前に、植物の先生から、「朝5時に必ず来て植物を観察するように。」と言われたの。その時は冬で、太陽も昇ってなかったけど、だんだん植物がソワソワして、寝てた双葉がピカーン!って立ちはじめた。一つが立ちはじめると、隣の葉っぱに連動して、近くの葉っぱも起きてきて、だんだんみんなが起きてきたの。風も吹いてないのに、芽が起き上がってソワソワしている。そして、いよいよ日が昇ってくるときに、葉っぱみんな光の方向を知っていて、太陽の方向にバー!って葉っぱを開いていたの。朝露も、太陽が当たったときに始めてスッと土の中に消化された。太陽の光がなくても、植物が準備して連動していく作業は、まさに“植物のダンス”みたいなものだった。

そういう植物のライフスタイルに人間が学ぶところがあると思う。例えばダンサーだったら、“音楽がかかってから、どういう風に動くか”になるかもしれないけれど、実は音楽がかかる前の、イマジネーションの段階でかなり細胞は準備してるんだよね。予定調和のように、いざ音楽の盛り上がりの部分に来ると、パッ!と動けるのは、細胞が喜んで準備した結果なんだよね。そういう人間のたんぱく質の動きを、ミクロレベルに意識したり、意識しやすい体を作るために、食生活をシンプルにすることが求められるの。

体の中を呼吸させて、体の外へ生命力を出す。

成美

成美ダンスの価値は、ただ決められた振りを踊って、どれだけ筋肉鍛えて、“どれだけ動きました、どれだけ足が上がりました”ではなくて、やっぱり人の心を動かすことだと思う。人の心を動かすには、人間や植物としての機能が、パッ!て発揮されること・・・それは必ず人に伝わる。植物の決められた動きを観察した時に、すごく単純なモノだなと思ったけど、人間の体も実はそういう単純な要素がすごくあるのよね。

これは根っこにも似ている。横に根っこを張らしていく植物は、強くなるし、土の中にあってけして人目には触れないけれども、代謝のいい証拠。私が携わっている永田農法※での言い方だけど、根っこが石と石の間の土の空間に拡がっている様子を、“浮いている”、“呼吸している”と言って、人間の体で言うと、腸が体内で広がるように、呼吸するようにしてやると、そこはけして見えない部分だけれども、その結果が表に出てくるんだよね。だから、人間も、体の代謝をよくして、吸収しやすくしてあげたり、機能を達成してあげると、ボディが強くなるし、生命力が出てくる。

永田農法:
必要最小限の水と肥料で作物を育てる永田照喜治氏が創始した農法。成美さんは永田氏の下で永田農法による国内外の農業支援活動に携わっている。


人間にしか備わっていない素直な力は、イマジネーション、希望する力とか、将来の理想を持つとか、助け合って生きていこう!という明るいビジョンやプラス思考を持っているところ。コレは体の中がしっかりしていると、すごく出てくるじゃない。ダンサーが音楽と一緒にはじけて、体の外に出せるものは、体の根っこの部分がその機能を達成しているから。これが、私が植物から学んだことかな。

人間と人間の出会いの最高なタイミング。

TDM

では、少しダンスよりのお話に・・・。農業経済博士の活動と同時に、サルサを踊っていらっしゃいますが、サルサの良さは何でしょう?

成美

成美パートナリングや、ペアやグループで踊る良さもあるけれど、一番サルサならではだと思うのは、カッチリとした規定がなく、徹底的に見せるために踊るというより、基本は、お酒を飲んで、話をしていて、そこに音楽があって、「じゃあ、踊りましょう」というコミュニケーションの延長であること。いい音楽がかかってきたら、その場にいる人と踊るの。人間と人間の出会いの最高なタイミングだと思う。今までいろいろな人と踊ったけど、あの場のあの音楽であのタイミングだからこそ、心に残るし、意外に海外にもサルサは多くて、誰とでも踊れる。

仕事で海外に行くと、あまりお互い知らない、不得意かなと思う関係の人もいるけど、実際に踊ってみると、話しただけではわからなかった相手との役割分担が確かめられたり、足りない部分をフォローしてくれたり、同じキャラがぶつかったとしても、それはそれで面白くなったり。その共存の仕方がお互いに感じられると、その次の日からコミュニケーションが良くなったりして、サルサが関係を良くしてくれるの。だから、日本の一般の会社も、研修とかに取り入れたらいいと思うな。

一人で踊る時と違って、相手ありきで踊ると、互いの得意・不得意とか、持ち回りがすごく出てくる。それによって知らなかった相手をもっと知るようになるし、または、そこで出会った人がきっかけで広がる世界もあるのよね。今、言葉だけのプレゼンテーションは主流だと思われがち。芸術分野でも、“絵を書く人は絵”、“音楽をやる人は音楽”って縦軸で決めちゃうけど、ダンスはもっと生活の延長でいろんな人が取り組めていいんじゃないかなと思う。

日本人が下手だといわれているのは、人前で意見を言うこと。人の前で自分の意見を言ったり、作文を書いたものを提出はするけど、みんなの前で作文を読む弁論大会みたいなことを、みんながみんなやるわけではない。「あ、いい音がかかったので踊りましょうよ。」と言えるのは、確かに日本人にはなかなか難しいと思う。私も最初はそうだった。いくらダンスをやっていても、いきなり人前で率先して踊ろうなんて気持ちにはならなかった。けど、いろんな社会を見ていくうちに、「飲んで、歌って、ハイ、踊りましょう!」ってできるようになったの。これはハグしたり握手したりするのと同じ感覚。だから、もう少し人前で踊る機会がみんなにあってもいいのかもね。日本人はカラオケだと皆で歌って騒ぐけど、身体表現というか、人前に立って、言葉も歌もなく、ただ踊るというのは一番やりにくいことなのかもしれない。やっぱり、日本は一歩控える文化だからね。

ダンスの起源。


成美

本来、ダンスは、一人で踊ればいいというものではなくて、その場の空気や、何かの対象と踊るものだと思う。これは、生きることと同じで、一人で勝手に生きるということは絶対にありえない。その場にいる人と分かち合ったり、その場にある自然や物と向き合っているはず。加持祈祷の儀式や、農業も収穫をしたらダンスをするじゃない?それが舞踊の原点。「今日は週末だし、行こう!」と思うクラブの存在も、私の中では収穫祭の延長な気がするなぁ (笑) 。

あと、農業と童話ってすごくリンクしているの。山形県高畠町は浜田広助さんという作家の出生地なんだけど、彼は農業環境を作品の中に活かしていて、農業する人の気持ちを童話に入れているの。代表作の『泣いた赤鬼』では、鬼は人間界からすると怖い存在だけれど、作品中の赤鬼くんは心優しい。人間と仲良くしたいんだけれども、なかなかわかってもらえなくて、あるとき、それを同じ鬼の青鬼君が自分を犠牲にして教えてくれる。あとは、新美南吉さんの『手ぶくろを買いに』っていう子狐が人間の町に手袋を買いに行く童話も、心優しい農村のお話なんだよね。日本の童話は、教訓も含めて、優しいものが多いし、ダンスが登場するものもあるよね。

全国の盆踊りとか、アイヌだと種まきの踊りや、鶴に畑で作物がついばまれる様子を表した鶴の舞とか、自然との共生を語り伝えていく集団での踊りも、群衆で踊っているけど、対自然へのありがたさだったり、対神様だったり、目に見えないものとの連絡の為に、ダンスがあるんじゃないかな。

農業は人間がやってしまう最初の自然破壊。

成美

私にとってのダンスの在り方は、言葉じゃない、目に見えないものを、共演者やお客さんと共同に創っていくこと。言葉で言うと終わってしまうものを、表現することかな。

私にとって農業も大きなものだけれど、農業は、やりすぎると自然を破壊してしまうの。だから、人間は遠慮をしながらやるべきだと思う。だって、そこに生えている雑草や石ころとか、在る物を除いて、どんどん改造していくわけでしょ。だから、農業は人間がやってしまう最初の自然破壊なのよ。なのに、農業をやっている人が自然と一緒に生きている人で、“農業=自然”っていう認識になっている部分がある。本当は自然を少し崩して、人間側が一方的に接点を作っている行為にすぎなくて、自然側は人間側には何もアプローチしてこない。それでも、自然は人間側に恩恵を返してくれている。

さっき話した童謡の『泣いた赤鬼』は、そういう人間に返してくれている気持ちがわかってもらえないと、返している側は悲しいだろうなっていう話でもあるの。だから、人間ができることは、自然に対してもらっているものを、少しでも自然の立場になって考えてあげたり、どういうものを自然に返していけばいいのかを考えること。それは、日本人独特の自然観や、アニミズムに通じると思う。そうじゃないと、大きなしっぺ返しが来る。

共に踊る。共に生きる。

成美

成美農業は、手をかければかけるほど良いかというと、そうでもなくて、いろんなものによって台無しになるときもある。農業はそういう不可抗力を学ぶ場所でもあるの。

有機農業がいいと言われて、有機質肥料をどんどん与えても、土の立場になると消化し切れない。適度な量があるのに、たくさん与えられたら、土が代謝異常を起こして、窒素肥料を出したり、川の水を汚染してしまう。さらにそこに、天候や災害の知識も必要だから、手間は計り知れない。だから、農業は手をかけるよさを学ぶ場所ではないんだよね。手をかけて台無しになることがあっても、それに対してはどうすることもできない。どうすることもできないことを学ぶ場所、なのかな。

人間にとって大事なのは、素直に反応することだと思う。植物の動きは本当に素直で、そういうものが人の気持ちを打ったり、説得させる。だから、ダンスも農業も、人の気持ちを前向きに立ち直らせる力があるんだよね。精神的に苦しい人たちも、農業をやることで外に出られたり、人に向き合う前に植物と向き合う作業療法もあるくらいだから。どんな結果になるかわからない博打みたいな部分もあるけれど、ちゃんとやったことへの結果を出してくれる。もちろん、まだまだわからない部分があるし、可能性もあるし、最近はダンスも自由にさせてやることが原点かと思いきや、自由すぎて台無しになることもあるなと思ったりするの。農業と一緒で、ダンスも相手があって、一緒に生きることと同じだと思うからね。

TDM

相手に認めてもらうときに、スキルを極めてわかりやすさや説得力を持つことと、自由に解放して踊るバランスが大事かもしれませんね。

では、最後に、日本の農業に関する解説をお願いします。

戦後の農業

成美

まず、日本は戦後の復興時に、「もうイモの根っこまで食べるような生活にはしたくない」、「食べ物を増産して、みんなが食べられるようになりましょう」という政策がとられて、終戦後の1946年の1年間で、主食であるお米の生産は約913万トンという結構な量まで回復し、その後も、国の手厚い保護の下、1955年には約1200万トンまで達した。これは、日本が工業化に走り出すことを前提とした、食糧自給をとにかく上げるための政策だったの。今みんなが白いご飯をみんなが普通に食べられるということは、戦後を象徴している光景、経済発展の象徴なのよね。

でも、この政策により経済発展を遂げた日本は、着実に工業化していったことによって、先進国へキャッチアップしていったんだけど、四日市ぜんそくとか水俣病などの公害問題が発生した。1961年に“すべての人に米を!”という保護政策で農業基本法というものができたの。焼け野原になった日本に畑を増やして、中でも主食の米を作って、日本をどうにか復興させましょうっていうもの。この法律には、農業が収入のメインになっている人も保護して、農業労働者と工業労働者の所得を均衡維持する目的もあったのね。当時は、農業に対して発展する未来があったからJA (農業協同組合) や全農 (全国農業協同組合連合会) という農機具が借り入れできるのと同じように、農業専門の銀行ができたのね。

農業の課題

成美

当時、20代で結婚していた若夫婦が老夫婦になった今、継ぐ人がいない。だけど、そこそこの借金も残っている。しかも、特産物しか作っていなかった農家は防御対策をしていなくて、グローバル化によって、他の国や地域でも作れるようになったから、価格はどんどん低下して、やっていけなくなった。保護対象だった農家が、どんどん生活しづらい状況になっているのね。

従来の農協に収めれば良いという考えではなくて、食料の安全性とか、消費者が何を必要としているのかを考えて、作り手と買い手であるお客さんとが上手く合致すれば、価格のバラつきもなく安定して出せる。両者の間に農協が保護という立場で入っていてくれていた時は、そこに納めれば良かったものが、どんどん輸入の農産物に負けて、やっていけなくなってきているから。

しかも、今は食糧問題もある。あれだけ戦後から食糧問題に取り組んできたのに、工業の発展に伴ってバランスを欠いた結果、現在、日本の食料自給率は39%。日本国内の農業だけでは生きていけないんだよね。これを安定させるにはどうすればいいのかというのはものすごく大きな問題で、求められる農業は、ポスト工業化、つまり産業としての農業。さらに今、工業の中心は中国に移っていて、日本を引っ張っていけなくなるかもしれない。すると、工業発展も望めない。何とかしよう!というために、1999年に食料・農業・農村基本法というのができたの。

10年間の変化

成美

成美今、農村が限界集落 (過疎などの影響で社会的共同生活の維持が難しくなった集落) になっていて、耕作放棄地が増えているから、農村をどうにかしなくちゃいけないということになっているの。

1996年と2006年の農業について比較してみると農家の戸数が約604万戸から約188万戸、約3635万人から約93万人。穀物の自給率は83%から27%。耕地面積は、約607万ヘクタールから約467万ヘクタールでその中で耕作できる土地は12.5%しかないんだよね。

農村における高齢化を見ると、85年には、農業を自分のメインの所得にしている人たち346万人いたところ、65歳以上の高齢者は68万人、だいたい全体の20%だったのね。これが、10年経った95年、255万人になって40%を占める様になった。2005年には60%。

日本のほとんどは山があって、川があって、傾斜地があって平地がある中山間地域なんだけど、その過疎化・高齢化による医療不足とかがあって、年をとるほど生活が苦しくなる。すると、みんな都心に流れてくる。そして、耕作放棄地が増加してくる。

新規農就者

成美

一方で、いい兆しはあって、新しく農業やりたい!っていう新規就農者たちが、1995年から2005年の10年間に4.8万人から7.89万人にまで増えている。その多くは団塊の世代で、仕事を退職してからのセカンドステージとして、95年から39歳以下の人たちが安定的にいて徐々にちょっとずつ増えているから、この人たちが日本の農業をリードするかどうかというとよくわからないけど。こういう奇特な若者たちがどういう気持ちで農村に入っているのかが大事。今までのJAなどの守ってくれる存在に安心して入っているわけじゃないと思う。

やっぱり一番大きな問題は、農村に入っちゃうと、極端に現金収入が低いこと。製造業との所得の差は広がる一方で、1960〜70年代は、高度経済成長期には農村が都市の所得を上回っていたけれど、1970年代末からそれが逆転し始めた。

今のグローバル化、市場経済化の中で、所得格差を逆転させることはすごく難しい。従来は、大工場を大都市から持ってくるってことで地域振興していたけど、今は中国に工場を建て始めているしね。だから、日本の農畜産物を海外に輸出を始めた。だからこそ、今まで政府に頼っていた農家が、主体的に自分たちが村で考えたことをやるしかない!と頑張っている人たちが今たくさんいるの。

新しい農業の取り組み

成美

1980年代から大分県から始まった一村一品運動というのがあって、“この村は主工業として、これを作りましょう!”という地域振興運動なのね。結構今でも成功例があるし、その村の中で、第二次産業としてジャムやワインを作ったり、直売所なんかでいい収入を上げているの。さらに、第三次産業化で、農業体験とかツアーリズムにして、活性化している農村を伝えたりもしてる。

集落営農というのもあって、高齢者の農家がバラバラでやるのではなくて、土地を集めて、みんなでトラクターを買ったり、コンピュータが使える若者が栽培履歴を作ってあげたりして、集落で営農することも増えている取り組み。

あとは、有機農業・環境配慮型農業。エコファーマーという認定農家がいるんだけど、そういうわかりやすい肩書きを取得することによって、消費者に理解してもらって、直接スーパーに出してもらうようにするとか、そういう動きが出てきているんだよね。

成美高知県池川町は、女性だけの集落があるくらい、日本の過疎地として指折り数えてナンバー5に入るような場所なんだけど、ここでもトマトを作り始めた。高知県土佐清水市も限界集落で、小ぶりなんだけど芯まで食べられる国産のパイナップルを作っているの。プラス、フルーツクリニックといって、お医者さんとの共同実験によって、血糖値のバランスを整える働きを持っているの。こうしたデータと共にそのパイナップルを売ることで、限界集落の農業を救うことができる。特に、高知県は流通の関係で限界集落が多くなりがちだけれども、今はちゃんといいものを作れば、売れる時代なんだよね。

さらに高知県では、地域の食文化とマッチして野菜を作っている例もあって、特産物だったかつおのたたきと、限界集落で作ったたまねぎの根っこを混ぜた料理が美味しい!ということで、新しい食文化もつかさどっているの。

市民農園

成美

農家だけではなくて、料理人だったり、栄養士だったり、食べるものに関わる人はたくさんいるのよね。子供に必要な栄養は何か、スポーツやダイエットをしている人にはどんな食べ物が必要なのか。そういった健康、安全性、ライフスタイルに合わせて“食べること”をどんどん育てていかなければない。

国民の食生活を見直すことは「食育」が担うべきことなんだけど、ライフスタイルでいえば、別荘でやれる時にだけ農業をしたり、都心のビルの屋上でねぎ作ったり、いわゆる“帰農”による、市民が農業者にもなる「市民農園」がもっと増えるべき。

コンセプトは、買う側も農業に携わるし、逆に、作っている農家の人も消費者として、他のものを買って暮らすこと。日本有機農業研究会という団体があるんだけど、都市の消費者と、ある地域の農業者とが提携を結んだの。お互いに何が必要なのかを話し合いましょう、学習活動をしましょう、民主的に運営しましょう、理想に向かってやっていこう!って掲げて何年も取り組んでいる。お互いが、作って運んで食べて、ということを相乗りしてやっていて、これが本当の有機農法なんだよね。

今、グローバル化時代の自由貿易制度における有機農業の役割というのは、環境問題や福祉、観光や余暇など、市民社会が中心になっている。残念ながら、日本の農業政策はこれらを追いかけるスタイルになっていて、農家の人たちも必死になってやっているよ。

農業を付加価値としてやっている人たちは、昔とは違うやり方で補助金ももらわずここまで伸びてきていて、逆に日本の農業政策では、政府がモデルとして奨励する・学ばせるという形になっているの。

簡単に言えば、これが今の日本の農業の流れです

TDM

農業のこれまでと、これからの課題がたくさんあることがわかりました。専門的なお話からざっくばらんなお話までお聞きできて楽しかったです。今日は本当にありがとうございました。
'08/11/24 UPDATE
interview & Photo by AKIKO


Back Number