TDM - トウキョウダンスマガジン

"ハウス....NYへのこだわり"
ハウスとの出会い
ハウスをはじめたのはこの後?
後ですね。僕とかBobbyとか、ZOOはもともと新しいことをいつも探してたんですよ。で、次はなにかなーと。『Brothers in Jazz』のビデオを見て衝撃受けて、「これ…かなー」とBe-Bopのスタイルに惹かれ、かじりかけたんですけど、求めているものが音楽的にも違って、そこまで深くは入らなくて。当時って(今と違って)誰かに習うってわけじゃなく、『Yo Raps』とか『RapCity』(MTVの番組)とか見て、ビデオからスタイルを盗んだんですよ。もう腐るほどビデオクリップ見ましたね。

当時はビデオクリップっていろんなダンサーを多用してたんですよね。90年代入ってすぐくらいかな、一番いっぱいダンサーが出演していた時代がありましてね。例えば『ラップマニア』とか、ラップ版N.Y対L.Aの紅白歌合戦みたいのがあって、そこに出ていたダンサーたちに影響を受けてスタイルを作っていった。あとはずせないのが、『Soul Brothers』、『シェイク』、『フェンディー』。特に"フェンディー"は日本中に影響を与えたといっても過言じゃないんじゃないかな。そしてやっぱり25歳ぐらいのときだったと思いますが、『Baby Don’t Cry』のビデオクリップ見てN.Yに行ってみようと。

みんなロス、ロス言ってたけど、やっぱりニューヨークの方が世界の流行の発信基地だし、HipHopカルチャーを生んだ街だし、ぜったい他にもかっこいいモノがあるはずだ、そう睨んでいざN.Yに行ってみたんですよ。すると『Sound Factory』というクラブで"Y.M.O"の「ライディーン」でステップ踏んでるじゃないですか!もう「ハトマメ」状態になって。やっぱり間違いなかったというか、ま、衝撃が大きかったですね。カルチャーショックですよ。そして日本に帰ってきて、みんなに思い伝えたくって「凄かったよハウス」と。それまでHouseってボーギングのイメージしかなくて、ステップを踏むスタイルがあるってことを誰も知らなくって、これはちょっとやるしかないなと。
では向こうではじめて目撃したんですか。
いや、実はビデオで見てたんですよ。でも(最初は)気付かなかったんですよ、これが何のスタイルだというのか。僕が見た中では一番最初のHouseのビデオっていったら、クリスタル・ウォータースの『ジプシー・ウーマン』だと思います。ここに出てくる"カリーフ"と"ピーター"の踊りですね。彼等のスタイルが(N.Yに)行くまでわかんなかったんですよ。「なんだコイツらかっこいいな」ぐらいにしか。N.Yに行ってから「あ、こりゃHouseだわ」と思って、これだこれ、こういうことやってたってね。
それでHouseダンスを見て、(日本に)戻ってきてビデオ探したりとか。
いや、もう強烈な印象が残っていたから、後は記憶したことを自分なりにスタイルを作っていったんですね。それから年1回はN.Yに行って、clubに行ってHouseのファンデーションを吸収したりして。
ということは、Houseをベースにオリジナルのスタイルを築いたわけですか。
あ、でもね、オリジナルっていうと語弊があって、僕らがやってるのはあくまでもN.Yスタイル。Houseの曲をかけて踊ってればそれは(全部)Houseなのか、と言えば違うと思うんですよ。Houseの曲でBe-Bopを踊れば僕はそれはBe-Bopにしか見えないし絶対にHouseじゃない。だから僕が思うにHouseと呼べるのはイコールN.Yスタイル。「オリジナル」って大事なことだけど、「ハウスダンスってなに?」って言われたらやっぱりN.Yスタイルだと思う。それがROOTSでこだわっているところですね。どっちかっていうと、僕なんでもありってのは好きじゃないんですよ。根底にあるN.Yという"プレーンピザ"に個々がいろいろなトッピングをしてひとつのオリジナルピザを作っていく、というのが僕の考えている"オリジナル"。それが時とともにカッコよく進化していけばいいと思う。
なるほど。N.Yでハウスに出会った時、向こうで影響を受けたダンサーっていますか?
名前をあげたらキリないくらいたくさんのダンサーに影響を受けましたね。でも意外とクラブのスミで踊っていた名前も知らないんだけどすっごいカッコいい女の子に "Dance" を学んだ気がするかな…
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